高校生活で一番力を入れたこと

Kia ora everyone 🙂 Chiyuki です。

連載 第4回目です!

そして4月になりましたね。4月といえば、日本では入学式があり、人生の新しいチャプターの始まりの月です。

ところで、なんで日本は4月始まりなんでしょう?区切の良い1月~12月ではなく、4月~翌3月。

「もちろんめでたい門出には桜が必要だからでしょう!」と思ったのですが、ちょっと調べてみました。

非常に便利な “まとめNAVER” を覗いてみると、ふむふむなるほど、やっぱり桜だけが理由ではないよう(笑)

以下引用: 年度始まりが4月と定められたのは、明治時代の1886年。当時の政府の税金収入源は農家のお米。秋に収穫したお米を、農家が現金に換えて納税し、それから予算編成をしていくと、1月では間に合わなかったという事情が理由。

だそうです!スッキリ!

model: masumi jung

 

さて、前回の記事ではわたしがニュージーランドの高校でどんな教科を勉強したかということに触れました。

一番力を入れて取り組んだのが “Music”(=音楽)です。

どう力を入れたかというと、授業以外に、以下の音楽クラブ活動に所属していました。

シニアコーラス: 中学生以上のコーラス部(わたしはソプラノ担当)

チャペルコーラス: 聖歌隊(クリスチャンの高校だったので聖歌隊があり、わたしはパイプオルガンも担当、教会の壁を蔦って天井にまで伸び上がるパイプが印象的)

ジャズバンド: 主にパーカッションで参加(当時父がかじっていたクラリネットが徐々に使われなくなっていたので、それも拝借)

毎日放課後、各クラブの練習があったので、ピアノレッスンを受けていた水曜日以外は18時頃まで学校に残っていました。

授業内容は、主に音楽概論の理解、作曲と編集。

一世を風靡したトランスルーセントのこの初代iMacで作曲・編集をしました。大変お世話になりました。

source: www.stevejobsmuseum.net

3歳から始めたピアノは高校を卒業するまで本気でやりました。大好きなLiszt(リスト)Liebesträume(愛の夢)を卒業演奏課題とし、NZQA (New Zealand Qualifications Authority) よりAグレードを頂きました。自分でいうのもなんですが、かなり真剣に取り組まないと高校で音楽を選択するのは厳しかったと思います。わたしの高校はとても小さな私立の女子高で、高3のときは学年20人強、その中で音楽を選択していたのはわたしの他にフルート奏者のKate、そしてバイオリン奏者のSaraの3人だけでした。

大学でも音楽を続けると選択もあったのですが、自宅にピアノがないと続けるにはさすがに無理があり、あと何より音楽に対する「やりきった感」があったので、潔く一度ピアノを封印することにしました。でもいつかまた深い黄金色のグランドピアノのような美しいものを我が家に迎え、ハノン(基礎練習のための練習曲集)からゆっくり始めたいと思います。

 

そして、こんなに音楽について語ったあとですが、実はわたし!本当はバトミントン部に入りたかったのです!

小学校、中学校とバトミントン部がない学校だったので、高校では絶対入りたい!と熱く望んでいました。

しかし、自分を必要としてくれていた音楽の先生 Mr. Bradyのうまい勧誘に乗ってしまい、1つ、2つ、3つと音楽活動を増やしてしまいました。

高3のある日、Mr. Bradyに思い切って、心の内を話してみました。

「Mr. Brady. You know what. I have always wanted to join the Badminton team. My schools in Japan did not have the team but we do here, so I think it’s my last chance to give it a go. Do you think you would let me do that?」

Mr. Bradyはいつもの笑顔で答えてくれました。

「Chiyuki, I understand but I don’t think so.」

 

ぬぁ ∑(゜Д゜)無念

 

 

音楽さえあれば、言語が通じなくても、心を通わせることができると言いますが、正にその通りです。

バドミントン部に所属する夢は叶わず、卒業まで音楽一筋でしたが、音楽を通して多くの人との交流がありました。言葉ができないというハンデを乗り越えることができ、少し優越感に浸れる瞬間さえありました。

そして、ニュージーランドでの生活も心地よくなっていたので、そのまま大学も行くことに決めました。

わたしが高校生の頃と現在とでは、大学受験のシステムが違いますが、当時は高校5教科の試験合計点数で入れる学部などが決まるBursaryをベースとしたクオリフィケーションでした。選んだ学部は、経済学部。音楽の次に楽しめていた授業がEconomics(=経済)だったので、特に迷わず、決めました。

 

大学生になれば、ホストファミリーから解放され1人暮らしができます。

そんな期待に胸を躍らせ、2年間という高校生活に幕を下ろしました。

 

——————————————————————————————————

ABOUT ME: Born in: Nagasaki

Raised in: Nagasaki, Fukuoka and Osaka

Went to school in: Japan and New Zealand

Worked/Been working in: New Zealand, Taiwan and Japan

Languages: English, Mandarin and Japanese

Interests: Photography, Food, Architecture, Art and Beauty

SNS: Facebookhttps://www.facebook.com/ch00kster

INSTAGRAMhttps://www.instagram.com/chiyuki_arita/

The following two tabs change content below.

あわせて読みたい

1件の返信

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です